筑波と牛久沼

東北地域から関東地域に入ると俄然、人間の住む領域が森林などの自然の領域を圧倒しています。
その様は侵食というよりも分断して細分化すると表現できると思われます。
筑波研究学園都市は1960年代に筑波山麓の森林と農地を切り開いて、約300の研究機関が集結してできた街です。
昭和61年(1986)に研究学園都市にある研究機関で3ヶ月間研修しました。
その時は計画に沿って整然と作られた街並みや公園、緑地などに目を瞠った記憶がありますが、上から眺めると緑が意外と少ないなと感じます。
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筑波研究学園都市を通り越すと牛久沼が見えてきました。
怠け者の小僧が牛になってしまい、沼に身投げをした。そこから『牛を沼が食った』『牛食う沼』と変わり、牛久沼と呼ばれるようになった」という昔話があります。
常磐線に乗って牛久駅で降り、バスで研修先の研究機関に行った当時を思い出し、地上の景色が懐かしく身近にせまってきました。
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by kitanonezumi | 2010-12-26 22:54 | 旅行


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