懐かしき中学校

昭和35年(1960)6月に、かつての実家にほど近い中学校に転校しました。
昭和36年3月に卒業するまでわずか9ヶ月しか通っていませんでしたが、都会の真ん中の学校への転校ということもあって、記憶に深く残っています。
人に「おい!」と呼びかける言葉に象徴される浜松弁に少しとまどいましたが、意外なほどすんなりととけ込むことができました。
いろんな事に前向きで、よそから来た人も分け隔て無く迎え入れる浜松っ子の気性のおかげかと思われます。
町内の各所に掘り割りの下水が流れていて、染色工場が多かった当時は”つん”と酸っぱい臭いがしましたが、
ほとんどの工場が無くなった今は、普通の水が流れているだけでした。
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普通に歩いて5,6分ほどの距離に中学校があります。
当時の木造2階建ての校舎は、コンクリートの3階建てに建て替えられて久しい様子です。
周囲の住宅も多くは建て替えられて新しくなっていますが、昔のままに残っている家もありました。
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校門が見え始めた時から、建物も、中にいる人たちも100%代わっているのになぜか少し胸がどきどきしてきました。
担任として受け入れてくれた先生は校内随一の厳しい強面(こわもて)教師でしたが、20年ほど前に亡くなったと風の便りで聞きました。
初めて経験した学校給食のアルミの器にもられた脱脂粉乳ミルクと、ほとんど味のないコッペパン感触を思い出しました。
正面玄関前のソテツが巨大になっていたのに驚く一方で、昔あった薪を背負った二宮尊徳像はどうなったのかが気になりました。
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by kitanonezumi | 2011-05-09 23:13 | 旅行


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