カテゴリ:学生時代( 18 )

ポプラ並木

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北海道大学のキャンパスにあるポプラ並木は有名ですが、平成16年9月の台風18号により、半数近くの木が倒れてしまいました。
この並木は明治36年(1903)に札幌農学校の農場内に実習用に植えられたのが始まりといわれ、樹齢100年に達する老木でした。
倒れた木の後に若木が植えられたと聞いていますが、成木になるには30年以上もかかると思われます。
往時の姿を偲ぶよすがとして、昭和41年(1966)に撮った写真をアップしました。
あいにく葉が散ってしまった裸木ではありますが、立派な大木の見事な並木であったことが分かります。
立派なビルの校舎がならぶ現在の北大と違う周囲の景観も懐かしく思います。
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by kitanonezumi | 2009-11-26 21:46 | 学生時代

銀杏

うっすらと雪を被った芝生の中で、これまた地面を覆うように無数の丸い実が散り敷かれています。
これは銀杏、イチョウの実です。場所は北大の植物園の中で、昭和41年(1964)の11月に撮った写真です。
この年はとくべつイチョウの実がたくさん着いたようで、誰も拾う人の無いままに雪の下になろうとしていました。
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そんな情報を聞いて、大学の先輩、同級生といっしょに銀杏を拾いに行きました。
知っている人もいるかと思いますが、銀杏はイチョウの実の種の部分で、その回りを果肉がおおっています。ちょうど梅の実と同じ感じです。
果肉は腐ると肥やしのような猛烈な悪臭がして、この時も臭いのを我慢して大量に拾ったものです。
教室に持ち帰って果肉の部分を洗って取り除き、種を干して銀杏にしました。
さらに後日譚として、果肉の部分にはギンコール酸という物質が含まれていて、漆などのようにかぶれなどの皮膚炎を引き起こします。
それを知らずに、漆かぶれ体質の私は素手で実を扱ったため、ひどくかぶれて診療所へ行く羽目になりました。
今でも茶碗蒸しなどに入っている銀杏を食べると、この時のことを思い出します。
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by kitanonezumi | 2009-11-19 23:15 | 学生時代

旧交

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(Olympus Pen S)
香港や上海にまだ残っている貧民窟を撮った写真ではありません。今を去ること45年前の学生時代に2年間、寝起きしていた学生寮の室内です。
今にして思えばよくこんな場所で生活していたものだと感心しますが、十分な仕送りを受けられない学生にとっては無くてはならない寮でした。
一室に5人(7人の部屋もありました)、人生で最も多感な時期の共同生活はかなり密度の濃いものでした。時間の経つのも忘れて語り合い、
議論をし、かつ寮歌なども歌ったりしながら、貧しいながらも充実した時を過ごした気がします。甘美でほろ苦い思い出の一コマです。

昨夜はこの部屋で半年間を共に過ごした5人のうち、4人が札幌に集まって旧交を温めました。40年ぶりと20年ぶりに会った人もいました。
いくつか言葉を交わすと、たちまち皆が寮生だったころに戻ってしまいました。姿・形はそれなりに経年変化はしたものの、人の本質はそんなに変わらない
ものなのだということを感じました。
別れが名残惜しくて、自分としては久しくないことに24時近くの帰宅となりました。
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by kitanonezumi | 2008-09-20 22:46 | 学生時代

40数年前のお花見-続き

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(Olympus Pen-S)
「花より団子」で、お花見といえば宴会です。宴会には余興がつきものです。余興といっても明治・大正時代のバンカラ気風がそのまま残っている寮なので、
やることはやっぱり武骨そのものです。
応援団に太鼓は必需品です。何かあれば必ず太鼓を叩き、歌い、かつ踊ります。
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木製のビール箱(今のようにプラスチック製のコンテナーになったのはいつ頃からでしょうか?)を列べて即席の舞台として、リーダーの指揮の下で、
応援団が激しく舞い踊っています。腰にさげた手ぬぐいもバンカラの必須アイテムでした。
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宴会も佳境に入り、とうとう応援団長が舞台に立ち、扇子を持って華麗なる演舞を披露しました。折悪しく小雨が降ってきましたが、ものともせずに踊ります。
遠巻きに他の花見客が面白そうに見ています。花を見に行って、逆に見られていた感じです。
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寮生には折り詰めとビール1本が支給されました。飽食と飲み放題が普通の現代からすると、実にささやかなお花見の宴会ではありますが、それでも
これだけ幸せな気分になれたのでした。精神的には豊かな時代だったのかもしれません。

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by kitanonezumi | 2008-04-29 21:53 | 学生時代

40数年前のお花見

日曜日と祝日に挟まれた月曜日を休んで、せっかく連休にしたのに午前中は雨、午後からは雨は上がったものの曇り空で気温も低いままでした。
赤ん坊連れでは寒すぎて近所の公園ですら花見に行けず、気持ちを切り替えて庭仕事に励んでいました。
外仕事を終えて、古いネガアルバムを繰っていると学生時代に円山公園へ花見に行った時の写真が出てきました。昭和39年(1964)の5月です。
当時、入っていた寮の行事(観桜会)として寮生が連れ立って列を組み、寮歌を歌いながら円山公園まで歩いて行きました。

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(Olympus Pen-S)
歩き始めて間もないので皆なまだ元気です。学生服を着ている人が多いのが時代を感じさせます。羽織・袴でひげの人は応援団です。
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旗と幟を持った応援団を先頭に電車通りを歩きます。まるでデモ行進のよう。おそらく交通を妨げたと思うのですが、今では考えられないおおらかな時代でした。
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円山公園に到着。舗装されていない神社への参道を、土煙を立てながら進みます。満開に近い桜がきれいでした。他のお花見客が怖がって避けています。
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本殿前の広場でお決まりのストームで盛り上がります。もっとも盛り上がっているのは当人達だけで、他の人にはさぞかし迷惑だったろうと思われます。
ストームこそ青春、若さの発露で、少々の迷惑行為は学生の特権みたいに考えていたのです。あの時代のあの年頃だからやれたのだと思います。
(明日に続きます)
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by kitanonezumi | 2008-04-28 21:27 | 学生時代

冬のサロベツ原野

冬のサロベツ原野の最終回です。夏の調査ではもっぱら船外機を着けた小舟で移動したので、陸上を歩き回ることは少なかったのですが、ブヨや蚊に悩まされました。冬の場合はひたすら雪原を歩いて、歩いての調査でした。幸い天候に恵まれたので吹雪かれることもなく、寒さもそれほど感じませんでした。

当時、教室の助手だったAさんです。食虫類(モグラやトガリネズミなど)の分類や小哺乳類の生態研究の第一人者で、「日本産哺乳類頭骨図説」という貴重な本を著しました。
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すごいオールド・ファッションですね。ストックは竹製です。クロス・カントリー用のスキーではありませんが、踵が上がる金具がついています。今時こんなスタイルでスキー場に現れたら、注目度抜群ですね。^^
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夏の間は足を踏み入れることが困難な湿原ですが、雪に覆われた冬にはどこへでも入ることが出来ます。
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風で吹きさらされた雪面を、雲間からの光が照らしています。一見、静寂の世界のようですが、キツネ、テン、イタチ、野ウサギ、野ネズミ類などが懸命に生命をつないでいる場でもあります。
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(Asahi Pentax SP,Takmar 50mm)
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by kitanonezumi | 2006-12-19 21:08 | 学生時代

冬のサロベツ原野-その2

昨日に続いて冬のサロベツ原野での動物生息調査です。野ウサギの足跡を追っていったら巣穴がありました。糞が落ちています。
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野ウサギの巣穴の断面です。約1mほどの通路の奥に小部屋があります。巣穴を壊された野ウサギさんには気の毒なことをしました。
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野ウサギを捕獲するための罠を仕掛けています。針金だけの簡単な罠ですが、普通の人が仕掛けると違法です。この時はもちろん許可を得ていました。夏の調査でも一緒だった同級生のN君が罠をセットしているのを、教室の助手だったKさんが見ています。
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葦がわずかに頭を覗かせているだけの、本当に何もない平らな雪原の向こうから、キツネの足跡がこちらに来ています。
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足跡は雪原から林の奥へと続いていました。
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サロベツ原野の厳しい冬を野ウサギもキツネも懸命に生きていました。
(Asahi Pentax SP,Takmar 50mm)
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by kitanonezumi | 2006-12-18 22:51 | 学生時代

冬のサロベツ原野

大学3年生の時、夏にサロベツ原野での調査に行ったことは既にアップしていますが、冬にも行ったことがあります。夏の時はサロベツ川やパンケ沼などに棲む魚類の調査でしたが、冬には哺乳動物の生息調査でした。
湿原の植物がみな雪の下に埋もれて、白一色の広大な雪原に変わっていました。歩くスキーを履いて一日中、キツネや野ウサギの足跡を追いかけて、生息数や行動範囲などを調べました。幸いお天気に恵まれたため、つらかった思いはしませんでしたが、目印のない雪原で吹雪かれたら大変だったかも知れません。

丈のある灌木だけがまばらに見えるだけで、真っ平らな雪原をキツネの足跡がどこまでも続いています。この足跡を追ってほぼ一日歩きました。定かではないけれど約20kmは歩いたと記憶しています。
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ウサギの足跡は林の中に多くありました。
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テン(たぶんクロテン)の足跡が点々と付いていました^^。
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小さな流れのある所には、イタチの穴がありました。
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木のまわりにある隙間から別の木の隙間へと、野ネズミの足跡がたくさんありました。ネズミは冬眠せずに、雪の下で秋に貯めた木の実や草、植物の根、木の皮などを食べています。
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(Asahi Pentax SP,TAKMAR50mm)
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by kitanonezumi | 2006-12-17 21:18 | 学生時代

南極から帰ったカラフト犬-タロ

1958年、第一次南極観測隊の帰国に際して、悪天候のために11人の隊員たちを引きあげるのがやっとで、15頭のカラフト犬を置き去りにしなければなりませんでした。翌年、昭和基地に戻った観測隊は奇跡的に生き残った2頭の犬、タロとジロに再会しました。このニュースは日本中を沸かせたものでした。その後、2頭のカラフト犬は日本に帰ることが出来て、それぞれの天寿を全うしました。
写真は昭和41年(1966)、北大植物園の中にあった博物館管理事務所の裏で余生を過ごしていたタロです。かなりの老齢で体も痩せてきていましたが、園内を散歩する時はまだまだ元気で、往事の犬ぞり隊の一員であったことを思わせる引っ張りでした。毎日、生の馬肉を食べていたと記憶しています。
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by kitanonezumi | 2006-12-13 23:06 | 学生時代

サロベツ原野での調査-補足

昨日は久しぶりに旧友と会って、とても楽しく飲みかつ語り合った。帰宅がおそくなったために、ブログへの投稿を休んでしまった。
昭和41年の夏に、サロベツ原野の動物調査の助手として行った時に撮った写真は既に上げてあるが、オリンパスペンで写したカラースライドが出てきたので、補足としてアップします。約40年近くの経年による変色が大きいこともあって、写真としての見栄えは決して良くはないけれど、当時のサロベツの記録としての意味はあるのではと思います。

一面に広がるワタスゲの群落です。今もまだこのような光景が見られるのか、機会を見つけて行きたいと思います。
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ほとんど手つかずの広大な湿原と、横断する開拓道路の眺望です。
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立ち寄った農家の子ども(三人姉弟)。後ろに見えるのが家で、風除けの柵が周りを取り囲んでいます。道路に面したところに台を作って集乳缶を置いておくと、乳業会社のトラックが持って行きます。
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パンケ沼の畔で見かけた漁師の作業小屋。沼の水がだいぶ引いています。一時的な現象なのか、排水工事の影響なのかは分かりません。 
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パンケ沼で捕獲されたヒブナです。約20cmほどの大きさです。釧路の春採湖に生息しているヒブナが有名ですが、パンケ沼でも見られました。
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(Olympus Pen-Sで撮影したカラーポジを、Eos30Dでコピー)
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by kitanonezumi | 2006-11-22 23:28 | 学生時代