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由仁ガーデン-バラの花と花言葉

今年の7月に母が来道した折りに由仁ガーデンに行きました。由仁ガーデンは町興しの事業の一つとして、由仁町が力を入れて作り上げた英国風庭園です。新聞記事やラジオのコマーシャルなどその名はなじみ深いけれど、入ったのは初めてでした。予想以上の規模の大きさと、よく整備された施設、そして咲き誇る色とりどりの多くの花々に驚きました。入場料が800円とちょっと高めだと思ったけれど、次回の無料入園券を1枚くれたので、リピートすれば400円の計算になることから、まぁ納得する。
北海道の花の盛りは6月なので時期としてはやや遅かったのだが、それでもハマナスやバラなどはとても綺麗に咲いていたので満足できた。ただ、気になったのは来客数が少ないことで、休日でも少ないと感じられることからウィークデイにはもっと閑散としているのではないかと心配される。町興しのために作った施設が財政破綻につながった夕張市の例もあるだけに、何とか頑張って欲しいものだと思います。
それはともかく、数多くの品種が咲き誇っていたバラの中から色鮮やかなものを3点アップします。
黄色いバラ=花言葉は”あなたを恋します、友情、薄らぐ愛・恋に飽きた・別れよう、誠意がない、不貞、嫉妬”とのこと。
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ピンクのバラ=花言葉は”美しい少女、上品、気品、しとやか”でなるほどと思う。
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そして深紅のバラ=花言葉は”情熱、愛情・あなたを愛します、貞節、美、模範的”
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黄色いバラだけネガティブな言葉があるのは不思議な気がします。

(Nikon Coolpix E995)
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by kitanonezumi | 2006-11-18 22:28

空からの夕焼け-日高の山脈

平成13年から15年まで3年間、中標津町へ単身赴任をしていました。出張や盆・正月の帰省などで、平均して月に1回は中標津と札幌を往復していました。自家用車で1往復、都市間バスを札幌から中標津まで利用したのですが、飛行機の速さと便利さとは比較になりません。普段は見ることのない空からの眺めもおおきな魅力でした。可能な限り窓際に席を確保して、1時間の飛行時間中、あきずに窓の外を眺めていました。年に何回かは素晴らしい晴天と眺望に恵まれることもあって、一人、快哉をあげたこともありました。
今では国内で見ることが出来ないYS-11です。64人乗りで座席は非常に窮屈で、エンジンとプロペラの音も大きく、決して乗り心地はよくありませんでしたが、戦後の国産旅客機ということで親しみはありました。
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YS-11の後継機として現在も飛んでいるDHC8-300の”すずらん”です。運航会社がエアーニッポンからエアーニッポンネットワークに代わってから採用された機種です。座席数は56と少ないのですが、座りやすい座席と荷棚もついていて、YS-11よりも快適な機内です(比べては可哀想か?)。また、主翼が機体の上部についているので、どこの座席からも下がよく見えます。
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丘珠空港から中標津への夕方近くの便に乗っている時に見ることが出来た、空からの夕焼けです。白く冠雪している日高の山脈がアーベント・ロートに彩られていました。こんな素敵な眺めを目にすることが出来て、ほんとうにラッキーでした。
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(Nikon Coolpix E995)
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by kitanonezumi | 2006-11-15 22:09 | 風景

サロベツ原野での調査-その4

当時のサロベツ原野は、手つかずの自然がまだ多く残されていて、あちこちで目をみはる美しい景色に出会うことができました。一方、開発局による放水路の整備や排水工事が進むにつれて地下水位が下がり、結果として農地として使える場所が増えるかたわら、自然の植生が衰退する場所も出てきました。自然保護を訴える人々や団体の働きかけもあって、昭和49年(1974年)に利尻・礼文の2島とともに国立公園に指定されました。昭和58年(1983)から環境庁によってサロベツ湿原の保全事業の研究と対策が実施されています。
一度失われた自然を元通りに復元するには多くの年月がかかります。そのため、闇雲に開発を進めるのは考え物ですが、かといってそこで生活する人達の暮らしを考えることなく、ただ自然保護を訴えるのもいかがなものかと思います。とくに国策として開拓に入ることを誘導された農家に対して営農が成り立つための支援を何もしないのは無責任です。明治以来、不毛の大地を相手に血の滲むような努力を重ねながら、空しく去っていった農家は数え切れません。
自然をそのまま保全していっさい手をつけないのがいいのならば、極論になりますが、明治からの北海道開拓そのものが間違っていたのだとも言えます。ありきたりではあるけれど、人の暮らしと自然との共生の道を、試行錯誤を重ねながら探っていくことが必要だと考えます。

ちょっと堅苦しくなってしまいましたが、サロベツの美しい風景で気分直しをしたいと思います。
サロベツ川にかかる橋です。木造でなかなか見栄えのする橋ですが、今はもう架け替えられているのだろうと思われます。
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サロベツ川の夕景です。暮色に光る川面と、遙かに見える利尻山が印象的でした。
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稚咲内の浜から見える利尻島の姿が美しく旅情を誘います。
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利尻島をバックに、柄にもなく旅情にひたっている姿の記念写真です。
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(Asahi Pentax SP、Takmar50mm)
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by kitanonezumi | 2006-11-13 23:01 | 学生時代

サロベツ原野での調査-その3

サロベツ原野はほんとうに広いです。カシワや灌木などの疎林と葦などが生える湿原がどこまでも続いています。
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原野の中を道路と電信柱が真っ直ぐに走っています。道路は舗装されておらず、デコボコの穴だらけの悪路に自動車はゆっくりとしか走れません。
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原野の中に散在する集落の一つ、木造の平屋が十数軒ひっそりと肩を寄せ合って建っていました。
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農業は酪農がほとんどです。というより草しか穫れないので、家畜を飼うしかないのです。一軒の酪農家に立ち寄った時に会った女の子です。人なつこいとても可愛い子でした。今では50歳くらいの素敵な奥さんになっているだろうなと思います。
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(Asahi Pentax、Takmar 50mm)
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by kitanonezumi | 2006-11-12 22:22 | 学生時代

サロベツ原野での調査-その2

借りた小舟でサロベツ川を下っていきます。
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サロベツ川には途中にペンケ沼とパンケ沼という沼がつながっています。ペンケ沼は小さくてほんとに沼という感じですが、パンケ沼は湖と言っていいくらいの広さがあります。天塩川から逆流してくる海水がパンケ沼にも入ってくるために、沼の水は塩分を含んでおり(鹹水)、シジミ貝がたくさん生息していて漁の対象になっていました。
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パンケ沼の水深は浅く、深いところでも数メートルしかありません。数カ所に網を仕掛けて、目印にポールをさしておきます。
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翌日、網を引き揚げて入っていた魚を種類毎に分けて、数と重さを計ります。公魚(ワカサギ)、鮒(フナ)、鯉(コイ)などが採れましたが、ワカサギが最も多くて数を数えるのに時間がかかり、けっこう苦労しました。と言っても、写真を見る限りは楽しそうにやっていますね。
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(Asahi Pentax SP、Takmar 50mm)
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by kitanonezumi | 2006-11-11 23:24 | 学生時代

サロベツ原野での調査-その1

昭和41年(1966)の夏、大学3年生だった私は道北のサロベツ原野で約1週間のキャンプ生活を過ごしました。サロベツ原野は広さ約2万3千町歩の泥炭地の大湿原で、明治以来の開拓の手をはね除けてきました。戦後、北海道開発局はこの地での農業を成立させるために、明渠や放水路などの大規模な排水工事を進めてきました。一方、昭和36年から45年までの10余年にわたって実施した泥炭地の排水・干拓工事に伴う諸現象の変化を追跡するサロベツ総合調査が行われ、私が所属していた教室は、陸生および水生動物の変化を調べる調査を担当していました。
名目上は調査補助人夫としてささやかながら日当と旅費をもらって、私とN君は喜々として水生動物調査を担当しているI 助手に付いていきました。その様子を4回に分けてアップします。
当時はまだ国鉄だった宗谷本線豊富駅で降りて、バスで調査地へ向かいました。
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サロベツ原野を南北に縦断して天塩川にそそぐサロベツ川と、途中にあるペンケ沼、パンケ沼に生息する魚の種類と生息数を調べるのが、その時の調査の目的でした。地元の漁師から船外機の付いた小舟を借りました。3人が乗れば満員です。
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サロベツ川を下っていくと、岸辺の葦の陰からカモが慌てて飛び立ちました。
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川岸に舟をとめ、乾いた場所を見つけてテントを張って野宿です。ヤブ蚊にずいぶん悩まされましたが、夕焼け空に遠くの利尻山がくっきりと浮かび上がった景色に心を奪われました。
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(Asahi Pentax SP、Takmar 50mm)
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by kitanonezumi | 2006-11-10 23:38 | 学生時代

長沼の夕焼け-日没の光と陰

昨日の午後から長沼に行って来ました。3月まで通勤で走り慣れた道ですが、収穫を終えて冬を待つだけの畑や水田の秋寂びた景色は親しみ薄く、歳月の流れと気持ちの変化の速さを感じました。
用事を終えた帰り道、夕焼けがきれいでした。長沼は夕焼けのきれいな場所の一つで、馬追山から石狩平野に沈む夕陽はたとえようがないほど美しいと思います。その情景は別の日にアップするとして、昨日の日没もまた一幅の絵に似て楽しませてもらいました。
森陰に沈む夕陽がまぶしく、他の事物は暗さの中に溶けこむ。
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丘を上がって見れば、陽は既に山陰に没し、残光は空を染める。
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残光は雲を一瞬の間まばゆく輝かせるが、一条の陰が次第に太く夜の闇を招く
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秋の日没はどんな凡人をも詩人の気持ちにさせて、余韻を残して終わりました。
(Nikon Coolpix E995、PLフィルター使用)
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by kitanonezumi | 2006-11-03 22:14 | 空や雲など

早春の網走を旅して

今年の4月に網走方面に行ってきました。泊まった旅館の窓から網走港が一望できました。早朝、エンジン音に起こされて外を見ると、朝日の中を漁船が出港していきました。陽が昇りきってすっかり明るくなるまで海を眺めていました。
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9時前には港に戻ってきている船がいました。
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藻琴にある網走原生牧場から知床連山がくっきりと見えました。冬にはこの浜にも流氷が打ち寄せるそうです。
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斜里から清里へ向かう途中で、斜里岳の雄姿を見ることが出来ました。
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(Nikon Coolpix E995)
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by kitanonezumi | 2006-11-01 22:33 | 風景

小樽市祝津、高島岬

写真の整理がついていないので、取りあえず今年の7月に行った高島岬で撮った中からアップします。小樽水族館を見る時はそこの駐車場を利用すればいいのですが、岬だけを見たい時にはどこに車を止めていいのか迷いました。親切そうなおじさんに行き方を聞いたら、黙って有料駐車場へ誘導するばかりです。お誘いを断って左に曲がって急な坂道を登っていったら、車の止められる展望台がありました。
灯台と鰊御殿が見えます。
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切り立った岩はなかなか迫力がありますし、海の色もきれいで、見応えがありました。
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灯台の近くの丘に咲いていた花です。名前が出てきません。思い出したら後で付け加えます。
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(Nikon Coolpix E995)
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by kitanonezumi | 2006-10-30 23:00 | 自然散策